Baselog:Labo

オタ活用。

ロックトリュフと豚の丸焼き

ニーヴロックの街の近場にある、名もなき森。
以前、フードフェスタの新メニューである”エルフ風森のギューギューパン”開発のための食材探しに訪れたことのある、鬱蒼とした森だ。
ニーヴロックからは小一時間ほど歩いた場所にあり、食用にできる植物やキノコ類が豊富に採取できる。また森の中には清らかな泉が点在しており、そこを住処としている魚は、アレスタ海で獲れる魚には漁獲量でこそはるかに劣るものの、昔から街の人々に親しまれている。
そのため、森にはニーヴロックやその近郊の町の住人が訪れることも多いが、最近では暴れ牛だのヒポグリフだのの目撃情報が相次いでおり、人々の足は遠のいていた。

====================

「まさか、暴れ牛だけじゃなくて、暴れ豚までいるなんてな……」

ザールは額に滲んだ冷や汗を拭い、脱力したように一息ついた。

「これ、持って帰る?依頼とぜんぜん関係なさそうだけど……」

ゼパルは戦闘で上がった息を整えながら、地面に横たわる巨躯を見下ろした。

「持って帰ったところでどうするんだ。食うのか」

戦闘でマナを使い果たしてしまったディディエは、すでに傍らの木の根元に座り込んでいる。
三人の視線の先には、ディディエの炎魔法によってほぼ丸焦げ状態になった、人の背丈よりやや大きいかというほどの巨体の、豚が横たわっている。

「めちゃくちゃ食いではありそうだけど、ちょっとこんがり焼けすぎかなぁ……」
「火力調整を間違えたな」
「焦げたとこ削げばいける?」
「いや、そんなデカい豚どうやって運ぶんだよ。俺は絶対手伝わないからな!」

ザール、ディディエ、ゼパルの三人は、ある人物の依頼を受けて、再度この森に足を踏み入れた。
そして、なぜかその依頼とはまったく無関係の、凶暴化した謎の巨豚と死闘を繰り広げ、阿鼻叫喚の末に討伐することに成功していた。

====================

ことの発端は、つい半日ほど前にさかのぼる。

最近では”マーカーズ”という異名もつき、指名の依頼も増えた三人である。酒場の貼り紙の争奪戦など繰り広げずとも、数日先まで仕事の予定で埋まっていることも少なくない。当面は食うに困る心配もない、いっぱしの売れっ子冒険者になったと言えるだろう。
今日はそんな三人のもとに、ある依頼が舞い込んできた。それはとある富豪の専属料理長直々の頼みで、「ロックトリュフを収穫してほしい」というものだった。

ロックトリュフとは、近郊の森で採取できると言われている、ちょっとした岩ほどの大きさのキノコのことである。非常に希少価値が高く、美食家の間で高値で取引されている。
なんでも、近々その富豪の邸宅で食事会が行われるということで、料理長は館の主人から「来客者にはロックトリュフを使った料理を振る舞うように」と言いつけられたのだ。
ニーヴロックの街の市場はいつでも新鮮豊富な食材を取り揃えているとはいえ、ロックトリュフはおよそ半年に一度、市場に出回るか出回らないかという稀少食材だ。
料理長は案の定、食材調達に難航し、困り果てた。
困り果てた末に、以前、高級食材”真珠魚”をひと晩で二匹も釣り上げたことがあるという冒険者の噂を聞きつけ、泣きついてきた。

「俺ら、べつに高級食材ハンターとかじゃないんだけど……」

小言はこぼしつつも、困った人間に頼み込まれると断れない性格のザールたちである。ちょうど急ぎの仕事がないタイミングだったこともあり、ダメもとでよければと引き受け、再び森に足を踏み入れた。

====================

そして、突如として現れた巨大豚との戦闘に見舞われたというわけだ。
豚は三人の姿を見るや否や、そこらの木々をなぎ倒さんばかりの勢いで突進をしかけてきた。どうやら、彼らは知らぬ間に、豚にとっての縄張りのような場所に足を踏み入れてしまったらしい。

その巨体に似合わぬ俊敏さでわき目もふらずに猛進してくる豚を、前衛であるゼパルは紙一重でかわし続けた。
しばらくは妙に俊敏な巨大豚に翻弄され、ゼパルは回避で精いっぱいになり、ザールは銃弾の、ディディエは攻撃魔法の狙いをことごとく外し、また突進してくるのを避け……という攻防を繰り広げた。
ゼパルは、このままではらちが明かないと舌打ちしながら、意を決して豚の猛攻を真正面から受け止めた。身体の前に愛剣バスターソードを構え、巨体がぶつかってくる衝撃に吹き飛ばされそうになるのを、すんでのところで耐える。

「ディー!!」

ゼパルが突進の勢いを殺した一瞬の隙を狙い、ディディエはファイアーボールの魔法を唱えた。
ディディエの杖から放たれた炎は、火の粉を撒き散らしながら一直線に襲い掛かり、豚の巨体が業火に包まれる。
接敵していたゼパルは、その鼻先にまで迫った熱気にたまらず悲鳴を上げた。

「あっづ!!!!!」
「こら!森火事になる!!」
「心配するのそっち!!?」
「すまない、ブラストにするつもりが間違えた」

炎に包まれた豚は断末魔をあげ、狂ったように走り回り、やがて大きな音をたてて倒れ込み動かなくなった。プスプスと黒煙を立ち上らせながら絶命した豚を前に、三人はぐったりと脱力し、息を吐く。
のんきにキノコ採りにきたはずが、ゼパルは全身汗だくになり、ディディエはマナをほとんど使い果たすほどに消耗していた。ザールはゼパルの鼻頭が軽度の火傷を負って赤くなっているのを目敏く見つけ、手際よく回復魔法を唱える。

「あ、ありがとザール」
「ゼパル、すまない……」
「こんなん怪我のうちに入らないって!それよりディーの消耗やばくない?」
「無駄打ちしすぎた……少し休ませてほしい」

心底消耗した様子のディディエに慌てて魔香草を使うゼパルだったが、薬草の扱いに関しては心得こそあるもののあくまでも専門外だ。ましてマナを回復するための魔香草は、ザールとディディエと出会ってはじめて扱うようになったこともあり、ほんの応急処置程度の回復量しか得られない。
かすかに青白い顔色で木の根元に座り込むディディエを、ゼパルは心配そうに眉を下げて見守る。

「いったん街に戻るか?それともこの辺りでキャンプでもするか……」
「テント、持ってきてないよ。オレがおぶるから、一度戻ろう」

あ、でも今オレすごい汗臭いかも……と躊躇するゼパルに対して、「思春期かよ」と呆れた声を上げるザール。
ディディエは思案している二人をじっと見上げると、「水……」と、かぼそく呟いた。

「水?飲みたいの?」
「ピュリ水するか?」
「違う、手前に泉があっただろう」

そこまで運んでくれ、と、血の気のひいた顔色で見上げてくるディディエに対し、ザールとゼパルは揃って首を傾げた。

====================

「生き返った………」

ディディエは、かろうじて目から上が水上に出る深さまで泉に浸かりつつ、安堵の息を吐く。
巨大豚との戦闘が行われた場所からほんの数分ほど後戻りをした場所に、清らかな水をたたえた泉があった。周囲は静寂に包まれており、柔らかな木漏れ日に包まれた辺り一帯からは、獣の気配は感じられない。
ぐったりとしてゼパルに横抱きに抱えられていたディディエは、その泉に辿り着くや否や頭から水中に飛び込み、心配顔の二人を慌てさせた。

「エルフってほんと不思議な種族だよな……」

聞けば、ディディエたちエルフは水に親しい種族であり、魔術師としての腕が卓越すれば、水に浸かることで水中のマナを体内に取り込むことすら可能であるという。
ディディエがその域にまで達しているのかどうかは定かではなかったが、頭まで水に浸ってどこか安心したような表情になったディディエを見て、満足しているならなによりだと思い直した。

「ちょうどいいから、ゼパル、お前も水浴びしとけよ」
「え?なんで?いいの?」
「いったん戻るなら、お前にディディエ抱えてってもらうしかないからな」

そう言いつつ、ザールは履いていたブーツを脱ぎ、泉に足を浸した。

「冷たくて気持ちいいぞ」

ザールは神官服の下衣を濡らさないようにと気を遣いつつ、手袋を外して、土埃に塗れた顔を清水ですすぐ。汗やら埃やらでベタつく手足の汚れが洗い流されて、自然と緊張が緩んだようだ。
ゼパルはやや逡巡したのち、おずおずと身に纏った革鎧を脱ぐ。腰に佩いた剣をベルトごと外して水辺に置き、モタモタとしながら上半身裸になり、スキニーパンツの裾を捲り上げて泉に入った。

「わ、ほんとに冷た」

両手のひらに水をたたえて顔を洗おうとし、額に巻いたバンダナが邪魔になっていることに気付く。
ゼパルは、しばらく考えて、バンダナの結び目に手をかけた。激しい戦闘でもずれ落ちたりしないようにと硬く締めた結び目を、手慣れた様子で解く。
戦闘中の汗を吸ってじっとりとしたバンダナを水にさらしてすすぐと、それを粗雑に、服や防具を脱ぎ散らかした辺りに放り投げた。

「こら、ゼパル、横着すんな」

べしゃりと濡れた音をたて、水辺の草の上に放り出されたバンダナを、岸に腰かけ足先を泉に浸していたザールが拾い上げる。ぎゅっと水気を絞って手近な木の枝に引っ掛ける様は、さながら世話焼きな母親のようですらあった。
ディディエは消耗のためか半分眠りそうになりながら、まるでマリティモ温泉に浸かっているかのようなリラックスぶりである。ゼパルとしては正直なところ、すぐ手が届くところに武器がなく、また防具もなにも身につけていない状態が落ち着かなくて仕方がないのだが、そんな杞憂もどこ吹く風といった様子だ。
ゼパルはそんな二人の様子に毒気が抜かれたようになって、思わず笑みがこぼれた。水を両手にすくって顔を濯いで、裸になった上半身の汗を洗い流す。
先ほどの戦闘でずいぶん高揚していたらしい気分が、冷たい水によって次第に落ち着きを取り戻すのを自覚した。

「キノコ、見つかんなかったね」

ひとしきり水浴びをすると、ゼパルは髪からポタポタと水を垂らしながら岸に上がり、ザールの隣にしゃがみ込んだ。

「まあ、また明日も来ればいいだろ」

もし見つからなかったら、グエンあたりに泣きつけばサクッと調達してくれそうじゃね?と軽口を叩くザールに、確かに、と相槌をうつ。
ディディエが本気で寝そうだ。彼は水中でも息ができるので溺れる心配はないだろうけど、放っておくと泉の底に沈んでそのまま浮かんでこなくなりそうだから、良きところで引き揚げなければ。
水面に浮かんでいるオレンジ色の頭を眺めていると、そう言えば、彼はマントもブーツも身につけたまま水に飛び込んでいたということに思い至った。横にいるザールを見遣ると同じことに気付いたのか、呆れた様子で「ディディエの服が乾くまで野宿するか、濡れ鼠をおんぶして帰るか、お前どっちがいい?」などと尋ねてくる。

ゼパルの喉の奥から、乾いた笑いが漏れた。