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オタ活用。

リバティの街にて

背中に鋭く突き刺さる視線を感じる。ザールは数歩先を行くディディエの、フワフワと左右に揺れる長い髪に目をやりつつ、ひそかに肩を強張らせていた。

共に荷運びの仕事を請け負ったはずの男が、その荷を持ち逃げした結果、信じられないような額の賠償金を請け負うことになってしまった。ザールは、あの時もっと同行人の挙動に注意を向けていれば、もっとしっかりと契約書に目を通しておけばと、今更しても仕方のない後悔ばかりしながら、「バウムガルドの迷宮城」と呼ばれる遺跡に一縷の望みを託していた。
遺跡の探索は一筋縄ではいかない。以前、大昔に放棄された研究施設の探索パーティに加わったことがあったが、蛮族やアンデッドたちが蔓延り、老朽化した建物は少し油断すると足元から崩れ落ち、扉という扉、廊下という廊下に罠が仕掛けられていて、とても生きた心地はしなかった。準備は万全にせねばなるまい、ということで、ザールたちはバウムガルド城についての情報収集に奔走していた。
神官であるザールと、ザールの前を歩く魔術師のディディエ、そして商人のオリヴィオは、盗賊ギルドの金貸しにそれぞれ1万Gの借金がある。借金の理由までは知らないが、とにかく借りた金を返さなければいけないという共通の目的があり、そしてその目的のアテのために行動を共にしている。
エルフのほうの年齢は不詳だが、オリヴィオはザールと同年代か、いくらか年若のようだ。ふたりとも一見あまりにぼんやりとしていて頼りなげに見えるが、あの同行人のように、腹になにか後ろめたいことを抱えているような様子は見受けられない。

問題は、ザールの後ろで人を射殺そうとでもしているかのような、遠慮もへったくれもない視線を投げかけてくるシャドウの男である。
彼は、金貸しのタビットの用心棒だ。名前はゼパルという。どうやらこの男もあの金貸しに借りがあるらしく、お目付役も兼ねてこの迷宮探索の一員になった。
ゼパルにも借金があるのであれば、いっそ4人仲良く街の外にでも逃げ出してしまえば、あんなほぼ言いがかりにちかい借金などなかったことにできるのではないかと思ったが、どうやら後ろの男にそれを許してくれそうな気配はない。シャドウはおしなべて、雇い主の命令に忠実に従う性格の種族だ。その雇い主の命令が、どれだけ理不尽なものであっても。
いや、そもそもオリヴィオはこの街に商店を構えているのだから、逃げるとなると彼を見捨てなければいけなくなる。今日会ったばかりの赤の他人ではあるが、それはあまりにも……、とも思った。
つまり、自分にはもはや逃げ場などなく、迷宮で一攫千金を狙うか、地道に働いて1万Gもの大金を用意しなければならない。自分自身の状況を再認識して、ザールは溜息を噛み殺した。

「あっ」
「あ?」

先が思いやられて思わず肩を落とした瞬間、黙って後方についてきていたゼパルが、短く声をあげた。
なにかに気付いたような様子の声に振り返ると、瞬間、腰のあたりに衝撃が走った。

「イテッ!おい、兄ちゃん、前見て歩けよ!」

衝撃といってもたいしたものではない。どうやら、ゼパルのほうを振り返るために少しよそ見をした瞬間に、通行人と軽くぶつかってしまったみたいだ。
通行人は年若い少年のようだった。肌は浅黒く、色素の薄い灰銀色の髪の少年が、こちらを一瞥して悪態をついた。

「ああ、悪い……」
「気をつけろよ!」

ザールが謝罪するのも聞いているのかいないのか、少年はひどく焦った様子で吐き捨てて、前方に駆け出していった。前を行くディディエにも危うくぶつかりそうになりながらあっという間に走り抜けていき、呆気にとられているうちにその姿は見えなくなってしまった。

「な、なんなんだよ」
「…………ザール」

突風のように突然現れ、瞬きをするうちに駆け抜けていってしまった少年のただならぬ様子に訝しんでいると、ゼパルが名前を呼んできた。
もしかしたら、これがこの男の声をまともに聞いた、いちばんはじめの出来事だったかもしれない。
今までずっとだんまりだった男に名前を呼ばれたことに驚きつつ、ゼパルの顔を見やった。出会ってから今の今まで、まるで能面のように硬かった傭兵の顔色は、なにか言いたげに曇っている。その表情は、呆れているようでもあり、どこか憐れむようでもあり、いっそ申し訳なさそうですらあった。
その表情に、なんとも言えない嫌な予感が背筋を駆け上がる。反射のように、腰に巻いたベルトポーチに手が伸びた。
前を行くディディエが、いったいなにをしているんだと言わんばかりにこちらを振り返り、立ち止まっていた。3人の後ろを、今にも泣きだしそうになりながらおっかなびっくりついてきていたオリヴィオは、きょとんとした顔でゼパルの後ろに隠れている。

「…………………………」

ザールはその場に立ち尽くして片手で顔を覆い、今にも泣きだしたくなるのを、やっとの思いで堪える。神よ、という、まるで恨言のような祈りが口をついて出そうになって、それもやっとのことで咬み殺した。
ポーチの中の財布がなかった。
少年の姿もまた、もはや見る影もない。ゼパルが呆れとも憐みともつかない複雑な表情を隠しきれないまま、ここをどこだと思ってるんだ、と独り言をいうのを聞いた。まったくもってその通りだ、と、迂闊な自分を張り倒したい気持ちを抑えきれなくなって、ザールはガックリと項垂れた。